初めて好きになった人は、とても寡黙な人だった。
小学校の高学年の甘酸っぱい出来事。
私立の小学校で二クラスだけで、別のクラスの大柄な男子だった。
卒業式の時に「○ ○ が、君の事好きだったって」と
メッセンジャー役の男子から伝えられた。
春の今頃になると、その時の鼓動と嬉しいのに何故か哀しい
気持ちを思い出す。
卒業すると、彼は公立の中学へ。私はそのまま附属の
中学へ進学だった。
その後も、心を寄せる人は大抵は寡黙でシャイだった。
女子校で、吹きだしたくなるような校則があった学校だったから
表向きは付き合っている人はいない、はずだったが
他の学校の男子とやはり付き合っていた。
駅で、偶々立ち話をしているのが教諭にみつかり
翌日職員室に呼び出し、そんな学校。
口数の多い調子のいいHという学生とはすぐに消滅して、Kというこれまた
口数のすくない人と付き合っていた。
大学時代は、その頃は女子は今の医学部よりずっと少なかった。
勿論好意を持っている人はいて、年上のその人も口数の少ない
人だった。
一度だけ、自宅に電話をくれ「どうしているかと思って…」と
父が聞き耳をたてている電話口でしどろもどろで応対している
私がいた。何と懐かしい思いでだろうか。
父は、口数の多い人だった。そして女性関係の多い人だった。
毛嫌いしていた父と正反対の人を無意識に選別しているのだろう。
蜜蜂のようにあちこちの花の蜜を求める人もいるようだが、
一輪挿しの花を愛でる人が女は安心できる。
男友達の何人かは、蜜蜂もいたが今ではすっかり羽を休めて
いるようだ。
蜜蜂タイプは、一生目移りして花園を力尽きるまで飛び続けるのだろう。
父は、60数歳で力つきて昇天した。
女は、手にいれた蜜蜂を最期には羽を蟲って
食べてしまう動物なのに…