何度も何度もコールをしてようやく電話口にでるTさん
「今日は具合が悪いから・・・」
「それは大変、すぐに伺いますね、今日は丁度往診の日ですし」
月二回の往診はこうして始まる。
「私が具合が悪いっていうと、大抵の人はじゃぁまた今度って言うわよね」と苦笑される。
「そうですよねぇ、普通は、でもその言葉を私に言ってはねぇ・・・
独り静かに暮らしているTさんにとっては、何のための往診かいつも
理解できないでいるらしい。
昨年の夏過ぎ頃は、脱水で何度も点滴を受けてもらった。
あの頃のことも、つい最近のこともすべて忘れている。
ずっと以前の疎開先の長野の事はよく記憶されている。
「今私が故障しているのは、頭の回転ね」と。
1人暮らしの高齢者は、確実に増えている。
外出もしなくなり、何となく寝付いていく。
食事も配食サービスを受けているが、その記憶もない。
ヘルパーさんが来ていても、その記憶もない。
人間の記憶は、新しいものでそんなに大切でないことは落ちていくようだ。
過去の大変な記憶、戦争中の記憶はずっと残っている。
誰に語ることもなく、自分の胸にしまっている多くの高齢者。
今私たちがあるのは、戦争で多くを失った方のお陰。
大切にしないと、バチがあたると思っています。