携帯を変えた。 仕事用は、iphoneへ(便利ですが、老眼が進行しそう・・・) プライベートも、STYLE series N-O2Dへ。 コジマ電気の店員さん、笑顔がよくてよかった。 ハンズフリーの設定、着信音の変更などなど 前より簡単になっている(慣れたのかな?!) 春は、色々な事をふっきって新しいことが芽吹くのをまとう・・・ 認知症の治療で大切だとおもっていること。 ご本人と家族との関係調整役となる事が必要。 処方して、認知スケールやって、はい、次の方では ちっともよくならない。 長谷川式簡易認知スケールは、保険点数はなし。 家族からみせて貰うアリセプト手帳を参考にして 今後を決める事も、評価なし。 再診料69点。 タクシーの初乗りよりも低額である、とお怒りのドクターがいらした。 窓口負担金も、フランスではない。 まだまだ頑張っていかなくちゃ。 1月24日、予想以上に雪が積もった。 エンジンはかかったが、朝の凍結した道はどうだろうか。 さんざん迷った挙句、車で行くことにした。 理由は夜の往診があるので。 案の定、O駅近くの坂でトラックが登れずたち往生。 それではと手前の角を曲がった。 3台前の車が坂道で、立ち往生。登れず状態。 工事現場の男性が押していた。 3台めの私も同様だった。 スタッドレスも、ダメだった。 どうしよう・・・このままだと診療にも間に合わないし 往診だって行かれない。 ここでまたその男性が押してくれた。 幸いにもすぐに登れ、お礼も言わず走り出してしまった。 少し走ると下り坂、この道はどこへ行くのだろう。 ドキドキしながら走行しているうちに、よかった。 見慣れた道にでた。 その後は順調だった。 夜の往診も予定通り。 懸命に車を押してくださった男性に、心よりお礼を。 お蔭様で無事診療も往診もできました。 日曜美術館を久しぶりにみて、心揺すぶられた。 『木村伊兵衛のパリ』 解説は、いらない。 パリも随分変わった、日本も同じく。 日本は破壊されていく、高層ビルがあちこちに 新築の家は、金太郎飴のように同じ顔つきである。 午後はあっという間に過ぎた。 iphoneの着信音を設定しようとして、粘ってみたが 拡張子を変更する、という所で暫く唸っていたが 結局断念。悔しい。 無料アプリをいくつか入れてみた。 グーグルアース、懐中電灯、乗り換え案内など。 ・・・ かねてよりの懸案であった禁煙補助剤の内服薬、チャンピックスに よる禁煙についての説明文を作成。 夜HP作成会社の、Iさんに送信。 PCを見ていると、買い物をする傾向がある。危険である。 久し振り?!に仕事用バックを購入、濱野バック。 使わなくなったカードの退会届けをだした。 以前はオペレーターであったが昨今は音声ガイダンスで 全て終了。 あっけなく3枚のカードの退会届終了。 ・・・ 便利になったが、五感を磨くようにしよう。 インフルエンザも診察室に入ってその顔をみて5割くらいは 診断できる、眼の潤み具合、体の痛み、昨夜の熱・・・ それにしてみ、PCばかり使っているので両手、特に左手の 拇指球が委縮している、そして痛んで仕方ない。 ・・・ 夜福助の散歩で一回だけ外出した一日だった。 肥満街道まっしぐら・・・ 昨夜からの雨が雪に変わった。 足元の悪い中来院された方々、大変でした。 インフルンザが1月になってグンと増えた。 目の潤みが診断のまずは第一ポイント。 体の痛みも同じく。 インフルエンザチェックのキットよりも 診察室に入ってきたときから、診断は半分以上ついている。 私の大師匠である小豆沢病院の高亀(こうがめ)先生、西原先生 両先生たちは、今の医療をどう考えていらっしゃるだろうか・・・ 私の第一歩は卒業してすぐに入職した小豆沢病院にはじまった。 日曜でも出勤され、ナースステーション奥の部屋で、せっせと 退院時サマリーなどの書類を書いていらした。 その頃は、勿論手書きだった。 そういう先生たちをみて勉強し私は大切に育ててもらった。 新米の医者は、最初に勉強させて貰った指導医の影響を 色濃く受けるのだ。 ありがたい初期研修をさせてもらった。 夕方往診が終わり、あれこれやっているうちに こんな時間となる。 気持ちはとっくに、帰宅しているのだけど。 病院からの退院時サマリーをみていて思い出した。 あるリハビリ専門病院の女性医師からの紹介状は秀逸だった。 きっと患者さんにも細やかな心配りができる人なのだろう。 今日の往診先でのサマリーにはびっくり。 退院時の処方内容がない!、直近の検査データも添付されていない。 じょくそうの処置内容もなし。 家族に渡されていた胃ろうのチューブも手帳とは違うものが 入っていた。 初期研修時にめぐり合う指導医の力不足もあるのだろうけれど 個人の資質の方がもっと大きい。 責任感、もって欲しいな。 機械をいじっていると、時間はあっというまに過ぎ去っていく。 iphoneをあれこれみているうちに、一日が終わった。 アプリも色々あって役に立ちそう!とダウンロードしてみると Wi-Fiに接続しないとダメだったり。 頭が、だいぶこんがらかっている。 おやすみなさい。
ははきぎ(漢字がでてきません)ほうせいさんの風花病棟を読んだ。
医者が主人公の物語、開業医だった父のことを思い出す。 今でも母は以前のかかりつけの患者さんたちから「本当にいい先生だった」と 言われるらしい。 私たち子供たちや母に対しては、暴君だったけれど他人様に そう思って頂き「よかったね」と最近母と話している。 「お姉ちゃんは、水をぶっかけられたよね」と弟が言っていた(らしい) らしい、とは私の記憶がまったくないので。 食事会の時、らしい。 自分にとって不都合なことは、まったく記憶室に置かないのだろう。 今はもっと父と面とむかって話しておけばよかったと後悔している。 喪失してみてその重みをわかる、親の有り難味はそういうものなのだろう。 それにしても、なんてあっけない亡くなりかただっただろう・・・ 1月13日は父の命日、毎年忘れてしまっているのに今年は思い出した。 父親に甘えた記憶のない子供は、なんだか男性には虚勢をはってしまう。 そんな女に育ちました。
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